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名古屋地方裁判所 昭和49年(行ウ)33号 判決

愛知県海部郡蟹江町大字須成下之割北一二五六

原告

伊藤静男

同県津島市良王町二丁目三一番地

被告

津島税務署長

森浩矣

右指定代理人

松津節子

横井芳夫

中北正司

加藤恭司

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が原告に対し、昭和四八年六月九日付でなした相続税延納許可取消処分を取消す。

二  被告が原告に対し、昭和四八年六月二五日付でなした督促状発布処分を取消す。

三  被告が愛知県海部郡蟹江町大字須成字五右衛淵八三三番一、田五五七平方メートルに対し、昭和四九年二月二二日付をもつてなした差押処分は無効であることを確認する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告は、昭和四七年四月八日課税価額一、一七七万三、〇〇〇円、相続税額一五八万六、九〇〇円とする相続税の申告をなし、同日右相続税額のうち一五〇万円について延納申請をなした。

被告は、同年一一月六日左記のとおり延納を許可した。

(分納期限) (税額)

第一回分 昭和四八・三・三〇 本税 三〇万円

利子税 一〇万六、五〇〇円

第二回分 昭和四九・三・三〇 本税 三〇万円

利子税 八万七、六〇〇円

第三回分 昭和五〇・三・三〇 本税 三〇万円

利子税 六万五、七〇〇円

第四回分 昭和五一・三・三〇 本税 三〇万円

利子税 四万三、九〇〇円

第五回分 昭和五二・三・三〇 本税 三〇万円

利子税 二万一、九〇〇円

二  被告は、原告に対し、昭和四八年六月九日付で右相続税の延納許可を取消す旨の処分をなし、さらに同月二五日付で督促状を発布した。

そして、被告は、原告が右督促に応じないとして、昭和四九年二月二二日原告所有の受知県海部郡蟹江町大字須成字五右衛淵八三三番一、田五五七平方メートルに対し差押処分をなした。

三  ところで、自衛隊法及び同法に基づく自衛隊が憲法九条に違反するものであることは明らかであるが、国民は、国の右違憲行為に協力、加担すべき義務はなく、したがつて、右違憲行為に加担することになる税金の支払いを拒否ないし停止する権利を有する。

原告は、右延納税を滞納しているわけではなく、右停止権に基づいて正当にその支払いを停止しているにすぎず、原告が支払う税金が自衛隊費に使用されないならば、いつでも支払う旨明確に表明し、被告もこのことは認めているところである。

それにもかかわらず被告によつてなされた本件各処分は、正に徴税権の濫用であり、信義則に違背するものである。

したがつて、本件相続税延納許可取消処分及び督促状発布処分は違法であり、本件差押処分は無効である。

以下、自衛隊等の違憲性、納税拒否権の根拠について詳述する。

1 自衛隊法及び自衛隊の違憲性

憲法の各条項は、憲法制定審議会においてなされた政府委員(金森国務大臣等)の審議説明、解釈に基づく条項として国会において可決されたのであり、したがつて、憲法制定時における憲法条項の右解釈は、不変性をもち、これに反する解釈は、許されず、当然に法的拘束力を有するものである。

特に、憲法九条の解釈については、憲法制定審議の際、あらゆる角度から十二分の説明、解釈がなされているが、戦力の保持は自衛のためであつても明白にこれを否定する解釈がなされ、その解釈に基づいて賛否が問われ、可決制定されているのである。

したがつて、自衛隊法及び同法に基づく自衛隊が違憲であることは一見して極めて明白である。

即ち、昭和四七年一〇月九日の国防会議と閣議で、総経費四兆六、三〇〇億円にのぼる第四次防衛力整備計画(以下「四次防」という。)を正式決定した。右計画における総経費は第三次防衛力整備計画の二倍弱、特に陸海空軍の主力整備はF4EJフアントム戦斗機の増強をはじめ、軍艦一三隻の建造も決まり、日本国の軍隊の増強は、遂に世界の七、八番目に位するに至つたものであつて、自衛隊の違憲性は極めて顕著となつた。

そして、現在の自衛隊の存在が違憲であるか否かの問題は、司法審査権の範囲内であり、しかも右審査権の行使こそは、現行憲法が裁判所に課した最大の使命、役割である。

2 納税拒否・停止権の根拠

(1) 憲法の納税義務の本質に由来する納税拒否権

憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより納税義務を負う。」旨定めているが、右納税義務は、自然法上の義務ではなく、社会契約上の義務であり、為政者が憲法条項を忠実に実践履行することによつてはじめて発生するところの義務である。

そして、民主憲法の本質的性格から認められることは、憲法上の納税義務は、国民の為政者をして憲法条項、特にその基本原理を忠実に実行実践させる権利、しかしてそれにより憲法体制下に安んじて生活し得る権利を与えているということである。

したがつて、その論理的帰結として、納税者たる国民には、支払つた税金の使途を監視、監督する権利、すなわち為政者が税金を憲法条項遵守実践のために使用しているか否かを十二分に監視、監督する権利がある。万一、為政者において憲法条項に違背した税金の使用がなされている事実を発見すれば、これが中止、是正を促すべきは勿論、それでも為政者においてその非を改めざる時は納税を拒否し得るは当然の権利というべきである。

右納税拒否権は、納税義務の本質に由来する主権者たる国民の基本的権利である。

ところで、四次防の実施としてなされる四兆六、〇〇〇億円という膨大な軍事予算の支出は、現行憲法の基本原理である絶対平和主義、憲法九条の完全な戦争放棄、戦力不保持の原則を、その根底から否定し、打ち破る違憲支出であり、その違憲性の程度、その支出金額からして、主権者たる国民としては到底黙遇することはできないものであつて、原告は、納税を拒否する権利を有し、かつその義務を負うものというべきである。

なお、憲法九条に関する憲法制定審議会における政府委員(幣原国務大臣)の説明中には、同条は、国民に対し、具体的な権利内容として、軍事目的、軍事費用には税金を使用しない旨保障していると解釈される、と述べられているから、この解釈に立てば、国民は、軍事費を徴収されない権利を保障されているのであり(軍事費の徴収を国会で議決し、法律を定めても、それは無効である。)、原告は、この点からしても、納税を拒否する権利を有する。

(2) 犯罪行為、違法行為に協力、加担しない権利義務としての納税拒否権

犯罪行為、違法行為に協力、加担しないことは何人にも認められるべき権利であり、義務である。たとえ行為者が国であろうと、その行為を犯罪行為、違法行為と認識するかぎり、それとの協力を拒否することこそ正義である。

戦争は人類最大の悪であり、人間にとつて最大の公害である。そして、民族の存亡にかかる戦争公害、戦争災害を防止するためには、軍備、戦力を撲滅、廃止することが絶対に必要であり、だからこそ、憲法九条は、完全に軍備、戦力の保有を禁止し、交戦権を否認したのである。

しかるに、四次防の実施は右に述べた戦争公害予防役としての憲法九条の存在価値を踏みにじり、日本民族の生命に対する危険をも惹き起こすものであつて、現在の日本における最大の犯罪行為、違法行為である。

ところで、昭和四八年度の所得税確定申告用紙には、国民の納入する税金は、一、〇〇〇円につき六五円が軍事費(国防費)に使用される旨不動文字で印刷明記されており、国は、国民に対し、納入税金につきその一、〇〇〇分の六五を憲法で禁止されている軍事費に使用することを明示しているのであるから、原告が、これを認識して納税することは、国の犯罪行為、違憲行為に対する協力、加担行為となり、幇助犯的役割を果たす結果となる。したがつて民主憲法下の国民としては、先に述べた正義の原則により、国の犯罪行為に協力、加担することになる税金の納付を拒否し得る権利を有するものというべきである。

四次防実施による国の違憲行為は、その違憲性がもはや国民の納税義務の受忍の限度を超えるものである。

したがつて、四次防実施期間中の税金の支払いは停止してこれに協力、加担することなく、政府に反省させ、違憲行為を是正して、国政を法治国としての正しい憲政に立戻らせることこそ、主権者たる国民の権利であり、義務である。

(3) 良心的納税拒否権

憲法九条は、一言にしていえば、太平洋戦争で亡くなつた数百万、数千万の人々の、生存者に対しての魂の声であり、叫びである。

それは、人類史上かつてどの民族も経験したことのなかつた原爆の被害体験という甚大な犠牲のうえに、はじめて、日本国民が覚知し、踏み切ることのできた地球上に生残るための戦略であり、日本民族の貴重な永久戦略として規定せられたものである。人類史的には人類の長年の祈願、理性と良心の開花ともいうことができよう。

この人類史的な意味をもつ憲法九条の解釈については、いろいろ論議されているが、警察予備隊、保安隊、自衛隊と徐々に軍備を拡大してきた政府、自民党の解釈は詭弁以外の何ものでもない。

原告は、法律家、弁護士として、自衛隊の違憲の存在であり、わが国の憲法体制、憲法秩序を極度に乱しており、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないように決意して制定された憲法の平和的生存権の原理が、政府の行為によつて、質的、量的に極めて大きく打破られているという認識を有するものである。

そして、弁護士は、弁護士法により、常に法令に精通することを職責上要求されており、それにより得た法律知識等をもつて、人権の擁護と社会正義の実現、社会秩序の維持に努力することを義務づけられているのである。

したがつて、弁護士としての良心、すなわち内なる良識と道徳感は、普通一般人よりも違法、違憲秩序に対して厳しいものがあり、それらを認識した場合、これが是正、すなわち社会正義の実現、正しい社会秩序の保持義務感においても、より強度のものであることは当然である。

よつて、弁護士が良心に基づく決定、決断をする場合においては、一般人と同様、宗教的要素、倫理的・人道的要素、理性的・政治的要素が作用することは勿論であるが、それと同時に法律家、弁護士としての法律知識、使命、義務感が大きく働らくのであり、しかも、それは主義、信条ともいうべき次元において、大きく働らくことはみのがすことができないところである。

弁護士の右のごとき良心も、憲法上保障された「良心の自由」の範囲内のものとして保護保障されなければならない。

上述してきた違憲の四次防に資する納税を任意履行することは、もはや原告らの法律家、弁護士としての良心を著しく侵害し、傷つけるもので、良心の犠牲なくしてなし得ないところである。

よつて、原告らは、四次防実施の期間中、良心的に納税を拒否する権利があることは明白である。

(4) 抵抗権としての納税拒否権

抵抗権(不正な国家権力の行使に対し抵抗する権利)は、憲法上の明文をもつて定められると否とにかかわらず、人権規定の前提たる自然権として存在するのであつて、抵抗権を否定することは民主制原理そのものの否定につながることを今日疑うものはいない。

日本国憲法もまた諸外国の抵抗権思想の伝統を受け継ぐものである。これは憲法のよつて立つ思想的背景が自然法に根拠を置く人権思想であり、近代諸国家の権利章典の伝統のうえに成り立つていることからおのずと明らかである。

さらに、抵抗権という表現こそ使われていないけれども、憲法一二条において、国民一人一人に自由と権利保持のための不断の努力を要求し、かつ、九九条において公務員の憲法尊重擁護義務を負わせていること、前文、一一条、九七条等で基本的人権の普遍性、不可侵性、永久性を述べていることよりすれば、かかる基本的人権規定を中心とする憲法秩序の侵害に対する抵抗の権利は実定憲法上も認められているものというべきである。

四次防の実施は、支配者による憲法九条秩序に対する「急迫不正の侵害行為」であり、原告の納税拒否は、憲法原理の「正当防衛」行為であり、遵法のための抵抗権の発動であるから、是認されるべきである。

四  よつて、申立掲記の裁判を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因一、二の事実は認める。

同三の主張は争う。

被告の主張

一  原告は、延納税額の第一回分納期限である昭和四八年三月三〇日までに、分納税額本税三〇万円、利子税一〇万六、五〇〇円を納付しなかつた。

このため被告は、相続税法四〇条二項の規定に基づき本件延納許可取消処分をなしたものであり、本件督促状発付処分は国税通則法三七条に基づくものであつて、ともに当該処分上には何らの瑕疵も認められない適法な処分である。

被告の右督促にもかかわらず、原告がこれに応じなかつたため、被告は、国税徴収法四七条一項一号及び同法六八条に基づき本件差押処分を行つたものであつて、もとより有効、適法である。

二  原告は、自衛隊の存在が違憲であることを前提として、本件延納税の支払いを停止する正当理由がある旨主張するが、自衛隊の存在が違憲か否かの問題は、統治行為として司法審査権の範囲外というべきであるうえに、原告が主張する納税拒否権といわれるような権利は、以下に述べるとおり現行法上の根拠を欠くものであつて、税金の支払いを停止する正当理由とはなり得ず、原告の主張は理由がない。

1 原告主張の納税拒否権が、その内容をどのように解するにしろ、現行法上の根拠を欠くものであることは、特に論ずるまでもなく明らかである。また、国費の使途方法如何によつて、次に述べるとおり、納税者である原告に納税拒否権ないしは税金の支払いを停止する正当事由が発生するいわれはまつたく考えられない。

すなわち、国民の納税義務は、法律の定めるところによつて発生するものであつて(憲法三〇条)、歳入予算によつて決まるわけではなく、一方、国費の支出は、国会で議決された歳出予算に基づいて執行されるのである(憲法八五条、八六条)。このように、憲法上、税と予算とは、形式、実質ともにまつたく別個のものであり、予算の執行の当否を条件として納税義務が発生したり、消滅ないし停止したりするという性質のものではなく、税法により定められた要件に該当すれば、当然に納税義務が具体的に発生するものである。したがつて、徴税自体に税法上固有の違法原因が存する場合は格別、適法に徴収された税金が、仮に憲法または法律に違反する国家の行為のために費消される結果になつたとしても、そのときは、その予算の執行たる支出それ自体が違憲または違法になるということはあり得るとしても、租税の課税、徴収が違憲または違法となるものではない。このように、国費の支出内容の如何によつて、国民の納税義務が消滅したり、税金の支払停止権が発生するという相関関係がない以上、自衛隊と四次防の違憲を前提とする納税拒否権の主張は、その点においてすでに誤りがあるとともに、実体法上の根拠のない独自の「権利」を創造する点において二重の誤りをおかすものであつて、まつたく理由がないものというべきである。

2 原告の主張は、それ自体において租税法律主義に反するものというべきである。

租税法律主義とは、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税についての実体上の法律要件及び納税の時期、納税の方法等の徴収手続について、法律または法律で定める条件によらなければならないことを意味するものであるが、その対象は、単に納税手続のみならず、納税義務を免じ、あるいは税金の支払を一時停止するような場合をも含む(別言すれば、法律または法律で定める条件によらずに納税を強制されることはない。)ものと解すべきであるから、仮に、原告が主張するように、納税者において納税を拒否することができる場合があり得るとすれば、その要件について法律をもつて定めることを要するものというべきである。

しかるところ、本件において原告の主張する「納税拒否権」なるものは、現行法上まつたくその根拠を欠くものであるから、原告の本件請求自体租税法律主義に違反するものである。別言すれば、原告の本訴請求は、結果として、右納税拒否の要件を裁判所に対して求めること、すなわち、司法部門である裁判所による立法を求めることに帰着するとも解されるからいずれにしても、原告の本訴請求自体失当ということになる。

3 以上のとおり、原告の本訴請求は、自衛隊の存在ないし四次防の実施が違憲であるか否かを論ずるまでもなく、理由がないこと明らかであるが、そもそも右の問題は司法審査の対象とはならないものである。即ち、国民主権主義に立脚する三権分立の原則のもとでの立法及び行政作用と司法作用との本質的相違に照らせば、国の機構、組織、ならびに対外関係を含む国の運営の基本に属する国政上の本質的事項、すなわち、統治事項に関する国家行為は、大前提となる憲法その他の法規の規定内容及び小前提となる当該国家行為の性質がともに一義的に明確であり、したがつて、それが一見極めて明白に違憲、違法と認められない限り、統治行為として司法審査権の範囲外にあると解すべきであつて、三権分立制度のもとにある憲法八一条もこれを前提としている規定であると解すべきである。そして、自衛隊法の制定は立法行為として、自衛隊の設置運営は行政行為として、いずれも統治事項に関する行為であるところ、大前提となる憲法九条は戦争等及び軍隊ないし戦力の保持に関し、侵略的なものについては一義的明確にこれを禁止しているが、自衛のためのものについては一応合理性のある積極、消極の両説があり、解釈に選択を要し、一方、小前提となる自衛隊法及び自衛隊の設置運営も、前者はその規定上同様に一義的明確に侵略的なものとは解されず、後者もまた証拠調をするまでもなく一義的明確に侵略的であるとはいえないから、結局これら立法、行政行為については、本来の所管機関である国会ないし内閣の政治行為として、その選択を当該機関の専属的判断に委ね、右選択の当否については窮極的には国民の政治的批判にまつべきものというべきである。

結局、自衛隊の存在等が憲法九条に違反するか否かの問題は、統治行為に関する判断であり、同様に、四次防という国防に関する国家政策の選択、採否も、高度の専門技術的判断であり、高度の政治判断を要する最も基本的な国の政治決定にほかならないから、統治行為であり、裁判所の判断になじまないものであることは明らかである。

(原告)

被告の主張に対する認否

一  被告の主張一の事実は認めるが、その主張は争う。

二  同二の主張は争う。

第三証拠

(原告)

甲第一ないし第一一号証、第一二号証の一・二、第一三ないし第一九号証を提出。

(被告)

甲第五、第九号証の成立は不知、第一二号証の一・二のうち不動文字印刷部分の成立は認めるが、記入部分の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める、と述べた。

理由

一  原告が、昭和四七年四月八日課税価額一、一七七万三、〇〇〇円、相続税額一五八万六、九〇〇円とする相続税の申告をなし、同日右相続税額のうち一五〇万円について延納申請をしたこと、被告は、同年一一月六日請求原因一掲記のとおり延納を許可したこと、しかるに、原告は延納税額の第一回分納期限である昭和四八年三月三〇日までに、分納税額本税三〇万円、利子税一〇万六、五〇〇円を納付しなかつたこと、そのため被告は原告に対し、昭和四八年六月九日付で相続税法四〇条二項の規定に基づき本件延納許可取消処分をなし、さらに同月二五日付で国税通則法三七条の規定に基づき本件督促状発布処分をなしたこと、被告の右督促にもかかわらず、原告がこれに応じなかつたため、被告は、昭和四九年二月二二日国税徴収法四七条一項一号及び同法六八条の規定に基づき原告所有の愛知県海部郡蟹江町大字須成字五右衛淵八三三番一、田五五七平方メートルに対し本件差押処分をなしたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件各処分には何らの瑕疵はなく、有効かつ適法というべきである(なお国税通則法三七条所定の督促状発布による督促は、滞納者に、滞納している国税の存在を知らせて、その支払を催告し、かつ、国税徴収法四七条一項により滞納処分の前提としての法律効果を有するものであるから、単なる通知、通告ではなく、滞納者の権利義務に直接法律上の影響を及ぼす行政処分と解される)。

二  原告は、自衛隊法及び、これに基づく自衛隊が違憲であることを前提とし、その主張する根拠に基づき、税金の支払いを拒否ないし停止する権利を有するとして、本件各処分には徴税権の濫用、信義則違背の違法事由、無効事由が存する旨縷々主張するが、以下説示するとおり、原告の右主張は理由がないものというべきである。

1  憲法三〇条によれば、「国民は、法律の定めるところにより、納税義務を負う。」と定められているところ、租税債権債務関係は、租税実体法の定めるところにより、特定の租税債権者と租税債務者との間に成立する。すなわち、租税実体法の定める課税要件を充足する事実の発生により、法律上当然に租税債権者(国または地方公共団体)は租税を徴収する権利を取得し、相手方たる納税者はこれに応じて租税を納付する義務を負担することになる。

一方、主として歳入歳出の予定準則を内容とする予算の成立及び予算に基づく国費の支出については憲法八三条、八五条、八六条所定の財政民主主義の原則上国会の議決を経なければならないとされているのである。そして、予算の基礎となる国の歳入は、例えば、前記のとおり、租税が租税法によつて徴収、収納されるように、法令の規定に基づいて徴収または収納せられるのであつて、歳入予算によつてはじめて国家の徴収権または収納権が生ずるものではない。

このように、憲法上国民の納税義務と予算及び国費支出とは、形式、実質共に、その法的根拠を異にし、全く別個なものであり、両者は、直接的、具体的な関連性を有しないのである。

そして、仮に、原告が主張するように、歳出予算の一部に憲法上疑義が存したとしても、国会の議決を経た予算及びその支出の違憲違法を理由に納税者たる国民がその是正を求めて出訴する制度(民衆訴訟としての納税者訴訟)は、現行法制上存在しない。

その理由は、もし、右のような出訴を許すとすれば、憲法上の財政民主主義制度と矛盾し、これを侵害する結果を招来することになるからに外ならない。

してみると、国民は、国会で議決された歳出予算及びこれに基づく支出の違法不当を理由に、納税義務を免れたり、あるいは税金の支払停止権を取得するものでないことは明らかである。

原告は、自衛隊が違憲の存在であり、四次防予算及びこれに基づく支出は、違憲、違法であることを理由に、税金の支払停止権ないし拒否権を有する旨主張するけれども、国会において議決された予算及びこれに基づく支出の違法不当を理由に、原告が納税義務を免れ、あるいは、その支払いを拒否ないし停止することができないことは、先に説示したところから明らかであるというべきである。

付言すれば、原告が、自衛隊の違憲等を理由に、国家予算における自衛隊費の計上及びその支出行為を即時やめるよう、要求し、右要求実現まで、原告の負担している納税義務を拒否ないし支払停止し、被告のした本件各処分を争う行為は、憲法上の財政民主主義の原則及び租税法律主義の原則を無視し、かつ、現行法制上前記納税者訴訟が存在しないことを看過し、自己の政治信条を短兵急に実現せんとするものとのそしりを免れず、原告が納税拒否権の根拠として、縷々主張するところは、以上説示した憲法上の原則からの制約を免れるに足りる正当な事由と認めることは、到底できない。

2  従つて、その余の点について判断するまでもなく、原告に納税拒否権ないし停止権が存することを前提とする、本件各処分の違法、無効事由存在の主張は、理由がないこと明らかである。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 裁判官 原田卓)

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